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読書が趣味って言いたい

元・大の読書嫌いが綴るあなたを読書好きにするブログ

「自分探し」なんてムダなこと

こんにちは、ゆちこです!

 

今日読んだ本はこちら。

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養老孟司 「自分」の壁

バカの壁の著者として有名ですよね。

 

この本は「自分」とは何者か

個性を伸ばすのが本当に良いことなのか

自分は他者と関係のない完全に独立した個体なのか

といったことに関して書かれています。

 

まず養老さんの主張で面白かったのは、

「自分探し」をしたがる若者について気の毒だと語った部分。

実際には、「本当の自分」なんて探す必要はありません。

「本当の自分」がどこかに行ってしまっているとして、

じゃあ、それを探している自分は誰なんだよ、という話です。

 

思わず笑ってしまいました。

自分探しをしているのも、他ならぬ自分という訳です。

大人と呼ばれる年になっても

きちんとした自我を確立した人ってそんなに多くないとか。

成人するまでに関わっていた環境だけで

「自分」を確立するのは難しいのでしょう。

だとしたら、大人になってから

社会に揉まれながら身につけていくものだとも言えます。

 

また、近年の日本で多く言われている

“個性を伸ばせ”という風潮についても言及しています。

そもそも個性とは何なのか。

それは、持って生まれたその人固有のものであり、

筆者曰く、あえて伸ばそうを促さなくても、

たとえ押さえつけても出てきてしまう特性なのだとか。

そして個性的であるということは、

必ずしも褒められるべきことばかりでない。

『人と違う』ということが良いことなのだとすると、

ずば抜けたおバカも尊重されるべき対象になるということになります。

個性は、別に伸ばそうとしなくても良いのではないかと思えてきます。

 

そして「自分」と周りとの壁について。

自分とは、完全に独立したものなのかという点について書かれていました。

分かりやすい例が、自分の中にある”菌”

私たちの体の中には数え切れないほどの菌があることが知られています。

が、これだけ多くの菌とともに生きているのに、排出した瞬間嫌悪感を抱く。

誰しも抱く自然な感情ですが、少しおかしいことのようにも思えます。

からだの外に出た途端、自分の壁から出た途端、バイ菌のように思える。

分かりやすく、自分の壁を感じる瞬間です。

 

そういえば森山直太朗さんの歌で

この話と通じる面白い歌詞があります。

 

『うんこ』

さっきまで体の中にいたのに

出てきた途端

いきなり嫌われるなんて

やっぱりお前はうんこだな

 

この歌も、自分の壁を表していますね(笑)

 

少し逸れましたが、

養老さんは本当の自分探しなんてするより、

本物の自信をつけるべきだと説いています。

それは楽な方へ楽な方へと怠けようとする私たちの脳に抗い、

厳しい道を通ることで身につくもの。

そうやって自分で育ててきた感覚こそ、

「自信」というのだと言います。

 

楽な方へ行きたがる、か。

読書を終えて思い当たる点が多く、自省しました^^;